少し前に娘から電話があって、
学校の先生が、『Good Luck』を、
「いい本だから読むように」と生徒に配ったそうです。
また『Good Luck』かよ(;´д`)ノ
しつこく売れているようですが、
本当にそんなすばらしい本なのか?
よろしい。
まだ読んだことのない人のために、
私がこの本の内容を全く別の例え話でごく簡潔に紹介しましょう。
あるところに二人の男がいた。
二人の男はどちらも喉が渇いていた。
一人は、「喉が渇いた。水が飲みたい」とぶつぶつ言いながら
部屋の中をぐるぐる歩き回っているだけだった。
もう一人の男は、食器棚に行ってコップを取り出し、
蛇口をひねってコップに水を注ぐと、それを飲んだ。
これだけ。
これで、あの本の中に出てくる寓話と、
言いたいことはほとんど同じだと思います。
『Good Luck』はそれを、
今のブームに乗ったファンタジー風の物語にして、
細かな描写を加えたり、
目的達成のための課題を何段階にも分けたりして、
文章量を稼いでいるだけ。
それが1000円。
アホくさすぎ(;´д`)ノ
それに、いくら寓話といったって、
王様がクエスト(課題)を出して騎士がそれを解決する
なんて、
もう全くのステレオタイプな使い古された物語を
ファミコンの初代ドラゴンクエストの時代じゃあるまいし、
今さらよく書く気になるものだと、逆に感心しますw
娘は、いま小学5年生で、
もっと高年齢向けのファンタジー小説などもよく読んでいて、
親の私が言うのもなんですが、
読書力もあり、直感や感性も鋭い子だと思うのですが、
『Good Luck』を読んで、
「なんか、何が言いたいのかよくわからない」
みたいなことを言っていました。
それはそうでしょう。
学校の先生がわざわざ配るくらいだから、
相当すばらしいことが書いてあると思って読んだのでしょう。
でもこの本には、彼女が今まで読んできた本に比べれば、
大したことはほとんど何も書かれていないのですから(^^;
上のリンク先のAmazonの『Good Luck』のページにある
出版社からの紹介文をちょっと引用します。
マーケティングの神様、フィリップ・コトラーは
「星の王子さまのようだ!」
と絶賛し、
この発言は、
偉大なるサン・テグジュペリへの冒涜だと思いますw
これは小説? 哲学書? それともファンタジー?
そのすべての要素を兼ね備えた、
比類なき知恵の本、ついに日本上陸!
すみません、JAROに訴えてもいいですか?w
単なる現世的な成功哲学の本ですら、
もっと優れた本は山のようにあります。
さらに、もう一歩踏み込んで
「人間とは、人生とは何か?」について書かれた名著も
山のようにあります。
それを「比類なき」だなんて(;´д`)ノ
傲慢もしくは誇大宣伝にも程があります(^^;
他人が自分で買って読むのを批判するつもりはありません。
それぞれ、その人の魂のレベルに応じた本があると思います。
『Good Luck』がよく売れて絶賛されているのならば、
この本のレベルに合った人たちが
この国には大量にいるということだと思います。
まあ、
お金だの男女関係だのといった低俗な原因で人が殺されて、
それをお決まりの名刑事や名探偵が解決する、
といったマンネリのミステリー小説や、
おそらく潜在的他者依存症じゃないかと思うような男女を
美化して描いた「純愛小説」とかが、
(そもそも「純愛」って何?と思わずツッコミたくなりますw)
安定した売り上げを上げて出版社を支えてたり、
しまいには映画化までされてブームにまでなったり、
そうした小説や映画と同レベル(もしくはそれ以下)の
ワイドショーやサスペンスドラマが安定した視聴率を稼ぐような、
そんな世の中です。
石ころだらけの場所に置けば1円玉だって輝いて見えます。
でも、
他の場所に500円玉がたくさん転がっているのを知っている人は、
石ころの中の1円玉など見向きもしないでしょう。
今回の娘の話を聞いて、
生徒にまで配るほどの本なのか?
ていうか、そんな先生に教わってて大丈夫なのか?
一瞬、ちょっと心配になりました(^^;
まあ、
その先生も当然ながら善意でされた事なのでしょうから、
あんまり悪く言っては申し訳ないですね。
むしろ、
生徒に本を配るなんて、随分と奇特なお方だと思います。
(皮肉じゃないですよ?)
それに、もしかしたら、
『Good Luck』がたいした内容の本ではないことは承知の上で、
「アニメやゲームばかりの今の子供にまず読ませるのなら、
このくらいの内容がちょうどいいだろう」
と思って配られたのかもしれません。、
そうだとすると、それは非常に賢明な判断だとも思えます。
まあ、たぶんそうだろうと思っておくことにして、
とりあえず、
教育熱心なことだけは間違いなさそうなその先生に、感謝。
です(^^